この会社にいたらダメになる―― 自分の可能性を追い求め 2度の転職でつかんだ最高の職場 |
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子どもの頃からコンピュータが大好き。システムエンジニアとして、大学院時代からインターネットに携わってきた進藤さん。好きだからこそ、「もっと面白いものを手がけたい」という気持ちが強いのに、その思いはなかなか会社に伝わらない。「現場のみんなと一緒になって、やりがいのある仕事をしたい」と、転職を決意したのだが――。
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その会議は本当に最悪だった。
現在運用中のプログラムの改善についての話し合いのはずが、話しているのは社長ただ一人。会議に出席しているほかのエンジニアたちは、自分も含めて、全員が疲労をにじませた顔をして、むっつりと黙り込んでいる。
(この忙しい時に、仕事を増やすなよ)
(プログラマが足りないんだから、思い通りにいくわけないだろ)
(どうせ「改善」しても、満足しないくせに)
誰も口に出していないのに、そんな不満が、エンジニアたちの頭上に渦巻いているのが目に見えるようだ。
「……という状況なので、この点は維持しつつ、バグの発生率を抑えるようにしたい」
――だから、それは何カ月も前に、提案事項も含めてオレが指摘したじゃないか――
冷めた目で社長を見ながら、進藤さんは心の中で舌打ちした。忙しい業務の合間に検証して打ち出した提案を、ロクに聞きもせずに却下された時の悔しさが、じんわりと胸に広がる。
ふと、進藤さんは会議室全体をぼんやりと見渡した。静かな会議室を支配しているのは、緊張感などではなく、倦怠と諦めと自暴自棄。エンジニアたちのしらけきった表情と態度が、不意に進藤さんの頭と胸にズンと圧し掛かった。
――オレ、なんでこんなところにいるんだろう……。いや、こんなところにいちゃいけない――
進藤さんの心の中で、それまであやふやだった気持ちが一気に固まった。
転職しよう。今度こそ、しっかりと成功させよう。
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子どもの頃からハイテクや最新技術、コンピュータ、といった言葉やモノに敏感で、興味津々だった進藤さん。高等専門学校、大学院を経て(※1)、とあるインターネット・プロバイダー(以下ISP)に入社したのは1999年4月だった。
「大学院の研究室の先生のコネで、在学中からそのISPのシステム開発などに携わっていたんです。そしてそのまま入社することになった、という感じですね」。
当時は、「インターネット」はもちろん知られていたが、現在ほど広く浸透しているというわけではなかった(※2)。
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「でも、インターネットは今後、間違いなく社会に浸透すると思っていたので、ここでネットに関わる技術を押さえておきたいと思ったんですね」
入社後、既存のシステムの開発・運用・保守に携わりつつも、次々と新たなシステム開発に参加。大学院時代からシステム開発に関わっていた進藤さんへの、会社の期待と信頼は大きく、進藤さんもまたそれにしっかりと応えた。
多い時は20数名ものエンジニアをチームリーダーとしてまとめ、開発を推し進める日々。入社してすぐに2000年問題対策にも関わった。進藤さんの狙い通り、インターネットが爆発的に普及するにつれ、必要とされるシステムや改善するべきシステムは増えていく。それに対応するために、残業時間は毎月150時間は当たり前、時には200時間を越えることもあった。
「でも、それをしんどいとか、つらいとかは思わなかった。とにかく、ネットが一気に広がっていった時期ということもあって、やりがいも感じていましたから。しんどいなんて思うヒマもなかったような気がしますね」
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高速道路を走らせるモノに関わりたい 仕事への満足感を求め転職を決意 |
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こうしてISPで多忙な日々を送っていた進藤さんだが、インターネットの普及が落ち着きを見せ始めた頃から、少しずつ、会社に対する割り切れなさのようなものが、胸の内に積もっていくのを感じていた。
「その会社は、社員が60名くらいの規模だったのですが、そのわりには保守的というか、大企業病的な雰囲気を感じることがあったんです。たとえば、新たなシステムやプロジェクトなどについて、僕たち現場が提案することをまったく取り合ってもらえなかったり」
ブログが流行の兆しを見せ始めた頃、進藤さんたち若手エンジニアは、「新しいサービスをブログと抱き合わせれば売れるのではないか」と、社内プレゼンにかけてみた。だが、上司をはじめ会社の幹部たちは、「ブログなんて、ただの日記だろ」と、歯牙にもかけなかった。また、IPv6(IPアドレスのバージョン6)を、ゲームなどのエンターテインメント商品とセットにすれば面白いものができる(※3)のではと、社内で提案してみたが、「ゲームなんて」と、これもまったく検討もされずに却下。
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「別に、自分たちが提案したものを導入してもらえないから不満だったのではなく、検討すらしてもらえないことが悔しかったんです。少しでも検討してもらって、それからダメだとかムリだとか言われるのであれば、こっちだって納得できたんですが……」
入社して5年。その間に、ADSLや光ファイバー接続が登場し、家庭でもインターネットは常時接続が当然のようになっていた。進藤さんはこれまで、ネットの基盤的な部分に無我夢中で関わってきた。たとえていうなら、高速道路そのものの建設に携わってきたようなものだ。けれどこれからは、その道路を使って何を運ぶかに関わっていきたい――そんな気持ちが自分の中で徐々に高まっていくのを感じていた。
会社の業績は安定しているし、このまま黙っておとなしく宮仕えをしていれば、順調に職位もあがり、給料も上がっていくだろう。だが、その時になっても仕事に対する満足感ややりがいを感じられるだろうか?
――この会社で自分がやりたいことは、もうないな――
進藤さんの胸に、確信めいた思いがよぎった。
「やっぱり、自分がやってみたいことに挑戦してみよう」
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気になる企業を毎日チェック
直接応募でベンチャー企業へ |
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2004年12月。進藤さんは早速転職活動を始めた。いくつかの転職サイトに登録しつつ、進藤さん自身が興味を持っている企業のホームページをのぞき、「採用情報」のページをブックマーク。採用が行われるとわかると、すぐさま直接応募した。
「以前から経済や株式投資に興味(※4)があったので、それに関われそうな企業はもれなくチェックしていましたね」
募集要項のOSや言語を確認しつつ、興味の高い順に優先順位をつけ、コツコツと履歴書と職務経歴書を送り続ける。その結果、2月にはとある投資情報会社に内定した。従業員30名程度のベンチャー企業だった。
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「投資は、自分でも少しやっていたので、決まった時は『よっしゃー!』という感じでうれしかったですよ。2回の面接も雰囲気がよかったし、ベンチャー企業だから、面白そうなことができる可能性も感じられましたし」
ISPを円満退職した進藤さんは、「高速道路で運ぶもの」に携われる期待を胸に、新しい会社に入社した。
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現場の声が届かない苛立ち
募る不安と不信に、とうとう… |
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入社後、チーフとしてすぐに任されたのが、投資情報のデータ管理とシステム設計、および開発だった。
「小さな会社だったこともあり、そのシステムを手がけているのは僕だけ。テストも運用も改善も、すべて黙々と一人でやっていました」
社長自らプログラマとしても業務に携わっていたため、進藤さんはシステムに関する相談や提案を社長に積極的に行った。それもこれも、投資の情報をユーザーによりわかりやすく伝えたいという思いゆえ。たくさんの人に利用してほしいという思いで日夜仕事に取り組んでいた。だが、ほどなくして、進藤さんは徐々に失望を感じ始めるようになる。
「僕はエンジニアだけど、ただシステムを作るだけじゃなく、そこで取り扱うサービス内容も大切したいというのがモットー。やっぱりユーザーに買ってもらったり、使ってもらわなければ意味がありませんから。でも、そのために考えた僕の提案は全くの門前払いで……。技術的なことについての意見も、かえって社長のプライドを傷つけたらしく、なんとなく軋轢が生じてしまったんです」
またしても、現場の声をシャットアウトする上司。今度こそは、現場の声に耳を傾けてくれる会社だと思ったのに――。
「サービス内容はともかくとして、システムを円滑に運用するためにはサーバーを増強した方がいいとか、現行のOSでは不便なので入れ換えた方がいいなどと提案したのですが、どれも反応はなし。だけど社長からは、システムへのクレーム対応をするように、たびたび意見されるわけです。データのミスを減らせとかね。それをしようにも、こっちは一人なので、当然人手が足りない。スタッフ増員を願い出ても無視されてしまう」
目先の問題ばかり取り上げて、将来への計画性がまるで示されないことに不安を抱いていた進藤さんは、ある日、「社長と役員の年収、1000万以上らしいぜ」と同僚から聞き、愕然とした。
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「僕たち現場の年収なんて、せいぜい400万程度。仕事の業績に対して少ないと感じてはいたけど、まあ、ベンチャーだし、事業がもっとスムーズに進むようになれば収入もアップするかなぁ、と思っていたんです。でも社長はともかく、何の仕事をしているのかよくわからない役員までもが1000万以上ももらっているというのには、本当にビックリしましたね。ボーナス支給日なんて、本来なら社員はうれしそうにしているものだと思うんですが、妙にたそがれてるんですよ。『支給額が少なく飲みにもいけない……』なんて」
社長を含めた上層部の人間が、進藤さんたち現場と積極的に社内コミュニケーションを取ろうとしない(※5)ことも、前々からヘンだと感じていた。おまけに、業務運用・改善に対する努力も認めてはもらえないし、提案など聞いてもらえることさえない。そしてとどめは、仕事への評価としてはあまりにも低い報酬。
――自分たちは、社長たちから評価されていないのではないか――
進藤さんの中で、じわじわと「不信」の文字が滲むように広がっていく。社長や会社への不満が仕事への意欲をそぎ、現場に重苦しくわだかまっていることも不安を煽った。
――このままここにいたら、自分がダメになるんじゃないだろうか――
進藤さんの頭に、危機感が警告灯のように点滅し始める。それが、「転職」の二文字を照らすのを、意識せずにはいられなかった。
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東京都在住の32歳。大学院在学中から、サーバー管理とデータベースに関わって以来、インターネット系システムエンジニアとしてキャリアを築く。6年間勤務したインターネット・プロバイダー(以下ISP)の、保守的で硬直した体質に疑問を感じて退職。投資情報会社に転職するも、社長のワンマン経営ぶりと低賃金に不信感を抱き、再び転職を決意。現在は証券系システム開発会社で、アシスタントマネージャーとして活躍中。
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高等専門学校、大学院を経て(※1)
進藤さんは高等専門学校時代、「ロボットコンテスト」の地方大会に出場したこともある。「僕は全国大会まで行けなかったのですが、後輩は全国大会で優勝したんですよ。大学院では情報工学を専攻していたし、まあ、言ってみてればコンピュータオタクみたいなものですね」。
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現在ほど広く浸透しているというわけではなかった(※2)
「僕が1999年ごろは、インターネットはごく一部のマニアのためのものでした。常時接続なんて考えられない時代ですし、そんな状況だったので学生なんかがシステム作りに携われたんじゃないかなぁと思います」
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面白いものができる(※3)
IPv6を活用した商品としては、家電商品がある。たとえば冷蔵庫に組み込むと、冷蔵庫の中身を使ってどんな料理ができるかということや、マヨネーズがなくなってくれば、どこのスーパーに行けば一番安く購入できるかということまで教えてくれる機能があったりする。「でも、そういうのって、実際はあんまり使われることがないと思うんです。コンピュータになじみのない人に導入されやすいのは、実用面よりは娯楽面じゃないでしょうか。携帯電話のiモードがヒットしたのも、使って楽しかったからだと思いますし」。開発の現場に携わる者の発想の転換が必要ではと、進藤さんは言う。
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株式投資に興味(※4)
進藤さんは中国株のほか、インド株やベトナム株も所有するなど、日本だけでなく海外の株式投資にも積極的。それは進藤さんの旺盛な好奇心だけでなく、「将来、早期リタイアをして優雅に暮らしたい」という夢があるからだという。
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社内コミュニケーションを取ろうとしない(※5)
残業や休日出勤はなるべくしないようにしていた進藤さんだが、それでも不測の事態が発生すれば、時間や曜日に関係なく対応しなくてはならない。だが、「そんな時に、社長や幹部から、なんのねぎらいも差し入れもないんですよ。何かを差し入れてほしいとか、ごちそうしてほしいというより、現場の人間に対する、思いやりが感じられないのがイヤでしたね」。上司との関係は今ひとつだったが、同僚たちとの関係は良好だった。「1社目でもそうでしたが、今でも当時の同僚たちとちょこちょこと会って、飲んだりしてるんですよ」。
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| 取材・文/名越秀実(ジャネットインターナショナル) |
カテゴリー » 転職する人々, 転職支援
投稿日 » 2006/12/22 金曜日 - 12:09:22 by 管理人